共同体感覚の育成 4 ~所属欲求と承認欲求~

本シリーズは、主にアドラー心理学・共同体感覚に関する文献を要約したものである。
腹落ちした内容のみをまとめているために内容が偏っていること、また、補足的に私個人の解釈が入っていることにご留意いただきたい。

所属欲求

所属欲求とは、その人物が、その集団に所属して生活したい欲求を指す。アイデンティティーとも呼ぶ。
所属先は、世代であったり、血縁集団であったり、国家であったり、民族であったり、多種多様である。

アドラー心理学では、人間の持つ様々な欲求の中で、最も重要なのは「所属欲求」であると言われる。

マズローの欲求のピラミッド

アメリカの心理学者、アブラハム・ハロルド・マズローによれば、人間は根本的に他者から認められたいという欲求を持っているという。
そして、他者から認められたいという欲求は、さらにいくつかの欲求によって段階的に構成されるものである。
これはマズローの欲求のピラミッドと呼ばれている。

マズローの欲求のピラミッドは、下位の欲求が充足されて、はじめて高い欲求が目標となる。

最下層に「生理的欲求」が存在し、それが満たされると次の段階である「安全を求める欲求」が目標となる。
それが満たされると次は「所属と愛の欲求」、その次は「自尊の欲求」、最後の目標は「自己実現の欲求」である。

これらの欲求の中で、「所属と愛の欲求」は、まさに他者から認められたいという欲求である。

所属欲求と問題行動の関係

「所属欲求」を「共同体感覚」によって満たすことができる人、できない人がいる。

共同体感覚が育っていないために所属欲求を満たすことができない人は、問題行動という不適切な方法によってそれを満たそうと試みるケースがある。
これについても「子どもの教育」という視点から、その内容を見ていこう。

  • 子どもが問題行動をとるのは「そのような方法でしかクラス(共同体)に所属できない」と子どもが思っているためである。
  • 学校生活を送る子どもにとっては、クラスという共同体に居場所があり、特に教師から大切な存在であると認められることは重要である。

問題行動は大きく4つの段階、すなわち「注意を引く」「自分の力を示す」「復讐する」「無気力・無能力を誇示する」に分類できる。

  1. 注意を引く

    • 子どもが学級に居場所がなく、教師から大切な存在であると認められていないと感じると、問題行動によって「注意を引く」という目標を達成しようとする。
    • これは、子どもは教師から注目や関心を引くことができれば居場所が確保できるだろうと考えているためである。
  2. 自分の力を示す

    • 教師に反発し、権力争いをすることで自分の力を示し、教師よりも自分のほうが強いことを、自分がこの教室のボスであることを証明すれば、居場所が確保できるだろうと考える。
  3. 復讐する

    • 教師の大切にしているものを傷つけたり、他者をいじめたり、器物を破損させたりすることで、教師にダメージを与える。
    • 子どもは教師が自分に対しても復讐してくれれば居場所を確保できると考える。
  4. 無気力・無能力を誇示する

    • 自分は無能である、欠陥があるとアピールすることで保護を期待し、それによって居場所が確保できるだろうと考える。

承認欲求

前述のように、「所属と愛の欲求」は、まさに他者から認められたいという欲求、つまり「承認欲求」である。
前項で示された「注意を引く」「自分の力を示す」「復讐する」「無気力・無能力を誇示する」という態度は、「承認欲求」を満たすための手段のひとつと言えるだろう。

  • 優越願望(上位承認)

    • 他の人より優れた存在と認められたいという願望。称賛獲得欲求ともいう。
      「人にすごいと思われたい」「羨ましがられたい」というような他者から肯定的な評価を得たい気持ち。
    • 自己の過大評価に起因する「上位の存在として尊敬されたい」と感じる欲求もこれに含まれる。
  • 対等願望(対等承認)

    • 他の人と平等な存在として扱ってほしいという願望。拒否回避欲求ともいう。
      「ダサい奴だと思われたくない」「周りの人に嫌われたくない」というような否定的な評価を避けようとする気持ち。
    • 劣等感に起因する「人並みに認められたい」と感じる欲求。
  • 下位承認

    • 他の人より劣った存在として扱われたいという態度。
    • 不幸な境遇にある自分を特別扱いしてほしいという欲求。

アドラー心理学の大前提として、他者からの承認を求めることをあえて否定するという考え方がある。
ここでの「承認」とは、上位の者と下位の者との関係において行われるものを指している。対等・平等的な形での相互承認のことではない。前者は縦の関係、後者は横の関係である。
人間関係を縦の関係からではなく、横の関係と見ることは、「承認欲求の否定」という考えから自然と出てくるものなのだ。

私達は他者の期待を満たすために生きているわけではない。また、他者が自分をどう評価するかは、その他者の課題である。自分にはどうにもならない。
承認を求めることは、他者からの評価を気にしているということであり、これでは最終的に他者の人生を生きることになる。
アドラー心理学では「自立し、社会と調和して暮らしていくこと」が、人生の基本目標のひとつであるとされる。
真の自立とは、横の関係である「相互承認」によって成立する。そして、縦の関係である「承認欲求」は、これを妨げる要因なのである。

承認欲求を否定し、共同体感覚を高めることによって所属欲求が満たされる。これが私達が目指すべき健全な社会(共同体)の在り方のひとつであろう。


最後に、本シリーズの内容に関して、注意しなければならないことを申し上げる。
日本社会の基礎は「縦社会」である。そして、この社会構造を変更するのは不可能である。
このことを忘れてはならない。
実際にはそうなっていないのに、そうなっているという前提で行動すれば、それは必ず不幸を生むのである。


Series:
共同体感覚の育成 1 ~優越性の追求と共同体感覚の関係~
共同体感覚の育成 2 ~共同体感覚を持てるようになるための重要な要素~
共同体感覚の育成 3 ~褒める・叱るという行為と、勇気づけという行為の違い~
共同体感覚の育成 4 ~所属欲求と承認欲求~